またふたたびの 18 きっぷ.1(2003.8)

四国脱出.

会社の夏休みは,規定どおりきっちり取った.荷物もまとめた.あとは出発するばかりである.

問題は,どこに行くか,いまだに決まっていないということだ.

とりあえず, JR の駅に向かう.そういえば,今年の夏休みも,「青春 18 きっぷ」はちゃんと出ているんだろうか.目的地が決まっていない以上,こういう乗り放題切符のほうがいい.なんといっても,安いし.

「スミマセーン, 18 きっぷって,あります〜〜?」

「あーはいはい.ありますよ. 11,500 円ね」

駅員さんは,愛想よく, 18 きっぷを出してくれた. 5 日間だから, 1 日あたりに換算すると 11,500/5 = 2,300 円.この切符を手帳にはさみこみ,ワンマン列車(ただし一両編成)に乗り込む.

四国を脱出するルートは,船や飛行機を除けば三つほどある.徳島の鳴門から大鳴門橋〜淡路島〜明石海峡大橋というルート,香川の坂出から瀬戸大橋をわたるルート,愛媛の今治からしまなみ海道をゆくルートだ.

うち, JR が使えるのは瀬戸大橋だけなので, 18 きっぷを使うならこれが一番手軽なルートなのだが,まだ通ったことのないしまなみ海道にも興味が湧くので,とりあえず,愛媛は今治まで向かうことにした.

乗り継ぎがうまくいけば,高松〜今治までは普通列車でおおよそ 4 時間程度の距離である.運賃は調べていないが,おそらく十分モトを取っているだろう.

さて,列車に乗ってしまうと,あとは景色を眺めるくらいしかやることがない.ぼんやり見ていると,たまに,はっとするほど美しい景色にいきあうこともあって,とても得をしたような気分になる.

香川県の西のほうに,「海岸寺」という駅がある.この周辺は,駅の名前にふさわしく,列車は海岸ぶちのぎりぎりを走る.途中,海岸から近くの小島めがけてまっすぐ橋がのびている.小島には,「津島神社」という,子供のための神社がある.このあたりの眺めはなかなかいい.

今治駅到着.

今治って,こんな大きな駅だったっけ・・・? むかーし,広島県から船で来たことがあるが,もっとずっと小さい駅だったような気がするんだけれど.しまなみ海道の経済効果だろうか.

今治駅からしまなみ海道を渡るのは,高速バスを使う.尾道ゆき,福山ゆき,広島ゆきの三つがあったが,このうち行ったことがないのは尾道だけなので,迷わず尾道ゆきを選ぶ.

来島海峡大橋を通る,しまなみライナー尾道ゆき,耕山寺経由. 2,200 円.耕山寺というのは途中の生口島にある観光地で,ここを通るとちょっと遠回りになる.

券売所で切符を買おうとすると,先客がいた.壮年のご夫婦である.

大島までの切符を下さい,と夫人が言う.高速バスではなく,普通の路線バスで島観光をしようということらしい.

「大島のどこですか」

職員が言うには,大島の島内に,三つほど停留所があるらしい.夫人は首をかしげる.

「観光にはどこがいいのかしら」

「大島にはあまり・・・観光地は,大三島に多いですよ」

ご夫婦はすっかり考え込んでしまった.大三島まで行ってしまうと,帰ってくるのに時間がかかるからダメらしい.

だいぶ時間がかかりそうだったので,運賃はバス内で支払うことにして,高速バスに乗り込んだ.

乗客は意外に少なく, 7 〜 8 人程度しかいない.時間が少し遅いせいかもしれない.しまなみルートを使えば,広島は充分日帰り圏内にあるから,朝遊びに行って夜帰ってくるという人が多いのだと思う.

車内放送が説明をしてくれる.来島海峡大橋は,三つの橋で構成されているそうだ.橋だけだと合計 4km だが,当然途中は島の中を通るので,しまなみルート全体では 60km くらい.

自転車の人

バスは,橋を下りたり上がったり,高速道路のインターを出たり入ったりしつつ,馬島〜大島〜伯方島〜大三島へと向かう.

多々羅大橋 自転車こぐひと

大三島〜生口島間の橋が最長の多々羅大橋で, 1,480m あるそうだ.この橋を自転車で突っ走る人が数人いて,驚いた.生活道ということで,自転車どころか徒歩でも通れるらしい.これは便利だ.でも高所恐怖症なわたしにとっては,ちょっと怖くもある.

生口島内では,バスは海を左手に見ながら国道 317 号を突っ走る.道路わきには,ソテツみたいなのが植わっていて,何となく南国の雰囲気.なかなかいい感じ.わたしは,こういう,片方が山,片方が海,という風景が好きなのだと思う.

・・・でも,なんだか同じところをぐるぐるしているような気がするのは気のせい? 多々羅大橋,まだ見えているんですけれど・・・.

せっかく遠回りして耕山寺を通ったにもかかわらず,乗る人も降りる人もいない.バスからは古びた寺が見え,なかなか雰囲気もよさそうだが・・・.

耕山寺近くの山の上に,真っ白でえらく前衛的な建物が見えた.あれは何だろう? 近くに平山郁夫美術館があるそうだから,あれがそうなのだろうか? (→→ あとで調べてみると,「耕山寺博物館」と判明)

さらにバスは,因島〜向島へとむかう.「尾道バイパス山陽道」を通過し,今治からおおよそ 1 時間 50 分.「瀬戸の花嫁」のメロディーとともにバスは尾道へ到着した.「瀬戸の花嫁」はもーええっちゅーんじゃ!

尾道駅の背後には山が迫っており,山にへばりつくように家が建っている.遠目にも急に見える細い道や階段が伸び,山頂には天守閣のようなものが自己主張していた.

尾道

尾道の夜

時間は夕刻,観光には少し中途半端な時刻である.今日は尾道泊まり,明日観光ということにして,ホテル探しをすることにした.

まだ時間が早いので,観光案内所は開いている.いちいちホテルに電話して聞くより観光案内所で予約してもらうほうが楽だ.

先客がいた.今度は中年のご夫婦だ.職員のほうがなんだか慣れていない感じで,対応は丁寧なのだがえらくおっとりしている.自分で探したほうが早いかな〜〜と思いつつも,やっぱり面倒なのでしばらく待って予約してもらった.

「あの,手数料 500 円が必要になります」

消費税込みで 525 円.手数料が必要な観光案内所というのも,珍しい気がする.少なくとも,わたしははじめてだった.

予約してもらったのは,駅の目の前の「グリーンヒルホテル尾道」である,さっそくチェックインに向かうと,シングル料金でツインルームに宿泊.ラッキー.しかも海に面しているから眺めもわりといい.港には船がいっぱい停泊していて,そのむこうには向島が見える.しかし「向島」って名前,まさしくこっち側から見てつけた地名だな〜〜.

夕刻頃,駅前の商店街をぶらぶらしてみるが,閉まっている店が多い.間の悪いことに,商店街の定休日に当たってしまったらしい.仕方がないのでホテルに戻った.

夜, BS2 を点けてみると,なんだか見覚えのある SF 洋画をやっている.そういえば,今, BS2 って名画をいっぱい放送しているんだっけ,と思いつつ見る.「ハル」とか「チャンドラー博士」とか・・・しかもこの音楽.「 2001 年宇宙の旅」かな?

いや,どうやら続編の 2010 年のほうらしい.地上波の民放なんかだと,普通はコマーシャルが入るから,そのときにタイトルがわかるのだが.

考えてみれば, 2001 年ってもう過去なんだよな〜〜. 2010 年だって,たった 7 年後.世界は SF のようには進まないみたいだ.

木星が太陽化して映画は終わった.明日, 2001 年のほうをやるらしい.なんで 2010 年を先にやるのかな? 昨日 2064 年をやったのだろうか? そんなことをつらつらと思いつつ,尾道の夜は更けていった.

尾道の朝

尾道の朝

翌朝は,海から昇る朝日で目が覚めた.テレビをつけると,火星が六万年ぶりだかという大接近をしているという話題をやっている.しまったなー, 2010 年の合間にでもちょっと空を見上げてみるべきだったわ.

名高い「尾道の坂道」を体験してみようと,朝食を手早く済ませてホテルを出る.

今日は平日なので,登校途中の中高生と何度もすれ違う.観光案内地図をちらちらと見ながら坂道と階段をえっちらおっちらと登ってゆく.

このあたりに住んでいる人は,みんな毎日登山しているようなものだろう.眺めはいいのだが・・・

今日はごみの日らしい.キャタピラ付の大きなかごを押しながらごみ収集をしている人を見かける.

さらには,天秤棒の前と後ろに大きなごみ袋を三つずつ乗せて坂道をくだってゆくおじいさん.ごみを収集するというごく普通のことが,ここでは重労働だ.

はたらく人

山道?

観光地図をちゃんと見ていたはずなのに,なぜか観光コースから外れてしまったらしい.妙に草深い道や行き止まりに阻まれつつ,さらにセミにおしっこまで引っ掛けられながらも,ようやく頂上,千光寺公園へ.

やはり気になるのは,下から見上げてもやけに存在を主張していた,あの天守閣らしいものである.観光地図にも載っていないから,単なるホテルか旅館か,そういったものかもしれないが・・・.

その城は,「全国城の博物館 尾道城」なるものらしかった.・・・かつては.

門扉は,いつから開いてないのだろう,と思わせるほど錆びつき,人の訪れを拒む丈の高い雑草の陰には,開館時間や料金が書かれた看板がうち捨てられている.「瀬戸内海の景色がすばらしい」だの,「ぜひお立寄り下さい」だの,むなしい歓迎のことばも読む人はなく・・・.

つまり,つぶれた博物館というところか.あまり期待してはいなかったけれど.

むなしい門 城の外形

もっとも,城の周辺の景色は,なかなかよかった.石垣にツタが絡まったり,なんかいい感じに古びているように見えなくもない.

再び千光寺公園まで戻り,今度はケーブルカーで降りてみようかな,と考えるわたしを阻むものがあった.

「千光寺裏参道」の案内板である.

千光寺公園まで来ておきながら,肝心かなめの千光寺を見ずに帰るというのはいささか問題ではなかろうか?

というわけでケーブルカーはあきらめ,徒歩で千光寺の近くまで降りていくと,寺の屋根のむこうを,真っ赤なケーブルカーがゆっくりと下ってゆくのが見えた.上から見たら,どんな風に見えるのだろうか.屋根しか見えないのだろうか.

千光寺へ

千光寺では,シルバーさんか,はたまたボランティアか,年配のご婦人が大声で世間話をしながら掃除をしている.目につかないところにひっそりと,「参拝客がいるときは私語を慎むように」などというようなことが書かれていて,なんだかおかしい.

お寺が多い.

それにしても,このあたり,寺とか神社が異様に多い.寺を出て,数歩歩けばまたお寺.五・七・五.なんちゃって.

もしかしたら,生活の厳しさ,なんてのが関係しているのかもしれない.山肌に家を建てるのは地すべりなんかの被害をもろ受ける.山の上のほうにでっかい石がごろごろしていたから,落石なんかもありそうだ.日々の生活にしたって平地とは全く違う.水不足もありそう...

そんなことを思いつつ行き当たるのは,バキュームカー.道が細く,車が上まで上がれないので,ホースをいくつもつないでず〜〜っと道を這わせて上がっていく.

茶髪の若い郵便配達のお兄さんが,汗だくになって階段を駆け上がり,また駆け下りてゆく.そういえばだいぶ前,尾道を舞台にした宅急便のコマーシャルがあったなあ,と思い出した.そう,確か,「尾道のクロネコたちは・・・」とかいうやつ.

クロネコといえば,道々,猫の姿が非常に目についた.狭い坂道,隠れるところもいっぱいあり,横道もいっぱい,で,猫たちにとってはいい環境なのかもしれない.招き猫博物館というものまであるようだ.

さて,山を降り,平地を歩いていると,東山魁夷の「道」のポスターがそこかしこに貼ってあるのに気づいた.「尾道白樺美術館」だそうだ.よーし行くわよ!

美術館にあったのは小品ばかりで,あまり点数もなく,これで入館料 800 円はちょっと高すぎる気がする.でも,見ている人が誰もいなかったので,椅子に座って心行くまで眺めていられたのはよかった.

わたしは目がすごく悪いので,メガネを外して絵を見てみると,海なのか湖なのか山なのか,全くわからない.ほとんどが青と緑の濃淡と化してしまう.それはそれで,悪くない.

中にひとつだけ,黄色い絵があった.紅葉の絵.黄色の濃淡・・・.

さて,時刻はそろそろ昼間である.炎天下の中坂道を歩きたおすのはさすがにきつそうなので,そろそろ移動するとするとしよう.

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