うみがめをたずねて(2002.8)

初心者マークも取れたし.

運転免許を取って,一年余.

赤信号に気づかず突っ走ったり,サイドブレーキ引き忘れて上り坂でいきなりバックしたり,大きな交差点のど真ん中で取り残されたり,センターラインをまたいで走ったり,反対車線を走ってみたり,ブレーキとアクセルを踏み間違えたり,カーブでひっくり返りそうになったり,駐車場でくるくる回ったり・・・(以下略).

いろんなことがありました.

よく事故にならなかったものですね〜〜

まあ,多少は経験値も上がったような気がしなくもないので,ちょっと遠出をしてみることにした.

ところが,ここで待ったをかけたのがうちの母.

「あんたひとりでそんな遠いところにまで行かせたら,帰ってくるまで心配でしょ!(車が)」

そう言いつつ,母はどこからともなく一枚のパンフレットを取り出した.

「日和佐うみがめ博物館 カレッタ」

というわけで,目的地は,徳島県日和佐町に決定した.夜,うみがめが産卵にくるというので有名なところである.

それはともかく,「カレッタ」とはどういう意味なのか!?

ナゾをはらみつつ,次章に続く.

出発の朝.

「日和佐に行くなら,ついでだから,薬王寺もお参りしよう」

母がのたまう.

薬王寺といえば,お遍路さんの行くところ.四国八十八ヶ所の何番目かだ.

「そーいえば,納経帳あったっけ」

納経帳というのは,お遍路さんが,八十八ヶ所それぞれの霊場で御本尊の名前を書いてもらって御朱印を押してもらう帳面のことで,いわばスタンプラリー帳である.・・・信心深い人ごめんなさい.

ちなみに四国の家庭には一家に一冊常備してある.・・・というのは大ウソです.

納経帳をめくると,誰が行ったのか,最初のほうのページはけっこう埋まっている.二十二番目まではきっちり記帳してあって,薬王寺はその次の二十三番目の霊場だった.

「ちょうどいいから,これも持っていって,このページ埋めてもらお」

荷物の中に,納経帳も入れる.

「もちろんあんたが運転するのよね」

母が車のキーを渡しつつ言った.

「あれ? おかーさん,ナビできるの」

そういうわたしの手にはスーパーマップル四国道路地図,ちなみに去年度版がしっかりとにぎられていた.

そーゆーわけでまんまとだまされてハンドルを握る母と,助手席でほけほけとかたちばかり地図を開くわたくし.

なんか変だぞ,と母はハンドルを握りつつ首をかしげている.

よりみち・そのいち

「どーせ二十三番目に行くんなら,一番目にも行ってみよう」

四国八十八ヶ所のことである.二十三番目の薬王寺は徳島県の最後の霊場,一番目は最初の霊場,一番と最後とを同じ日に行くのもなんだかいいかも,と思ったのだ.

「あんた何度も行ったでしょ」

「全然覚えてない」

おかーさん,わたくしに記憶力を期待するのが間違っています.

「そこ左.『鳴門市街』ってほうに行くの!」

怪しいナビに操られるがまま,白の三菱ミニカは進んでいくのでありました.

一番札所は,霊山寺(りょうぜんじ)というお寺だ.県道12号沿いにあり,とてもわかりやすい.

駐車場に車を置くと,参りもせずに,駐車場脇の売店にいきなり入る.

遍路グッズがいっぱい置いてある.もちろん,持参した納経帳とおなじものも売っている.こういうのって,絶版とか改訂版とかないんだろうか.

「なんかいろっいろあるねえ〜〜」

納経帳ひとつ取ってみても,何種類かある.金剛杖だって,書いている文字数によって値段が違うみたい.

白衣も,「南無大師遍照金剛」としか書いてないやつもあるし,寺名を八十八個,ずらずらずらっと書いているのもある.寺名を書いてある白衣は,そこに記帳してもらうようになっているのだ,と母が教えてくれた.母は部分的にだがお遍路さんをやったことがあるので,意外によく知っている.

「じゃあ着ているのに,背中を向けて,書いてって書いてもらうの?」

実に素朴な疑問だったのだが.母は冷たい目で,「あんたはアホか」とのたまわった.

「着るのとは別に買うの!」

その他,真っ白な布も売っている.八十八ヶ所全部書き入れてもらったら,表装して掛け軸にするんだそうだ.その表装も,高いものだと,ン十万円かかるそうで.

はっきり言って,お遍路さんの貧しいイメージからは程遠いです・・・.

本堂をさがせ

売店を突っ切ると,本堂は左,という矢印があったのでそっちに向かうと,庭があった.池があって,大きな鯉が何匹も泳いでいる.

鯉

「これ,本堂かな?」

「う〜〜ん?」

よくわからないけど,とりあえず手を合わせておこう.

本堂(?)の池を挟んだ反対側には,塔も立っており,これも外から拝んでおく.鐘はつかずに通り過ぎて,ちょっと行くと別の建物が見えてきた.

本堂

「こっちが本堂みたいね〜〜」

ということは,さっき本堂だと思って拝んだものは何だったのだろう・・・などという細かいことは気にせず,本堂(と思われるもの)に入る.

おや〜〜?

もしやここも売店? と首をかしげる.お守りとか数珠とかいろいろ並べてあって,おばちゃんがこっちを向いて座っているからだ.

そばには遍路装束の女の人のマネキンまで置いてある.足だけが脚半や足袋でなくパンプスというのがいかにもアンバランスだった.

でもよく見ると,確かにお寺の中だし,鈴もあるし,賽銭箱もある.ちなみに数珠の持ち方や参拝作法まで,電光掲示板で逐一表示してある.

おばちゃんに拝んでいるような妙な気分ながらも,手を合わせる.

「般若心経とか唱えるんだよね」

「そーそー.はんにゃーはーらーみったー・・・あと忘れた」

「えっとー,それからー,のうまく,さんまんだ,ぼだなん,ばく」

すぐそばに貼ってある意味不明の真言を唱えていいかげん極まりない参拝終了.

本堂から右奥に行くと,そこは正真正銘の売店だった.納経帳に記入してもらう納経所もここにある.でも,霊山寺は以前記帳してもらっているからもういいのだ.

本堂を出ると,入るときには気づかなかった,傘立てのようなものが目に入った.金剛杖をこの中に立てかけて置くらしい.間違えたりしないのだろうか.

さっき本堂と間違えてお参りしたのは,どうやら大師堂というものらしいが,その大師堂が見えるところまで戻ってくると,道に面した,大きな門にやっと気がつく.

「これが仁王門っていうやつかなあ?」

つまりは境内に入る正門.わたくしたちは裏口から入ったわけである.最初からこうでは,先が思いやられる・・・.

もうちょっとよりみち

阿南市に入ってしばらくすると,運転にも飽きてきたらしく,母は,

「あ,なんか福井ダムってのがあるらしいよ.行ってみよう」

と,ひょいっと曲がってしまった.

慌てて地図を探すと,付近に「福井タ」という文字が見えた.スーパーマップル,印刷ミスである.

福井ダム

福井ダムの下流は公園になっていて,子供向けの遊具が置いてある.ダム湖には人口滝があった.なんかお金かけてる〜〜のわりには,あまり人がいない.

せっかくダム資料館まであるというのに,閑散としている・・・.

ようやく日和佐へ

やっと目的地の日和佐に入ったわけだが,うみがめはどうせ夜なので,まずは,薬王寺.第二駐車場というところに車をとめて,山門をくぐる.

階段階段,また階段.金毘羅さんほどではないのだけれど,勾配が急なのでけっこう疲れる.しかもなぜか,一円玉が階段の端にいっぱい落ちているので,踏まないように歩こうと考えると,端に寄れない.つまり手すりを持てない.

「厄年の人が一段一段,一円玉を置きながら歩いていくんよ」

またも,意外に物知りなうちの母.

本堂まで行って,お参りしていると,目についたものは,ちょっと派手目の白っぽい塔.

「なにあれ〜〜? 見晴らしよさそう,行ってみよ〜〜」

瑜祇塔,という難しい名前のその塔は,入館料百円を払って,上に行くかと思いきや,なぜか最初に階段を降りる.降りた先は妙に薄暗く,しかも暗幕が見える.

おや〜〜? と暗幕をくぐると,暗い!

しばらくすると多少は目がなれてきたが,それでも目の前にかざした自分の手の形とかがかろうじてわかる程度.

あれだ.長野の善光寺の,戒壇めぐりというやつ.あれとおなじ.こっちのほうがまだ少し明るい.

少し行くと,ほんのり明るくなってきた.赤っぽい提灯に照らされて,ここにも参拝するところがあったので,お参りする.

そういえば,善光寺は,最初っから最後まで真っ暗だった.途中,隠し本尊の扉の鍵をさわって拝むというイベントがあっただけ.真っ暗で何も見えなかったけれど,鍵をさわった感触は,金属製の丸い環だった.

そんなことを考えているうちに,暗い通路は終わり,暗幕をくぐって外に出る.

そこには,地獄絵図があった.血の池とか針の山とか,串刺しにされている人とか,竜に食べられている人とかの掛け軸が何枚もかけられていて,絵はなんだかコミカルなのにけっこうリアルである.

次の間には,絵巻物があった.リアルな人物の絵と,流れるような達筆で詞が書いてあるがもちろん読めない.

人物の移り変わりを絵巻物にしたらしいのだが・・・

一番最初は,きれいな装束を身にまとった美女.ところがその次は,痩せ衰えて生きるか死ぬかという場面.さらにその次は死後ガスがたまり体がパンパンにふくれて見る影もなく,次はうじがいっぱい這いまわっている.白骨だけになりそれも崩れ,最後は何もなくなる・・・という凄まじいもの.

絵自体もかなりリアルで,気持ちわる〜〜〜

あまりにも強烈だったので,ほかのものの印象があまりない.

ところで,気持ち悪い絵を見たあとのおかげかもしれないが,塔の上からの眺めはよかった.海が見え,山が見え,日和佐城が見える.もうちょっと視線を動かすと,この位置から見られることを想定していると思われるうどん屋の看板もある.

瑜祇塔

「なんだか,えらく波が荒いねえ」

遠目にも,白いしぶきが勢いよく上がっているさまがよく見える.さすが太平洋だ.

景色を堪能してから塔を出ると,また一円玉をよけつつ階段を降りて,めざすところは納経所.納経帳に書いてもらわなきゃ〜〜とまったくスタンプラリーのノリである.お大師様,ごめんなさい.

書いてもらうのには,お金がいる.三百円なり.ちなみに,掛け軸に書いてもらうのと,白衣に書いてもらうのと,納経帳に書いてもらうのとでは値段が違う.

まだ若いお坊さんは,さらさらと達筆で書いてくれ,朱印を押して,向かいのページにつかないように,薄い黄色い紙を吸い取り紙用にはさんでくれた.ちなみにこの薄い紙,タウンページを切り取ったものだった.

ついでに,交通安全のステッカーも買って,車にぺたり.これで安心か?

うみがめのもとへ

ようやく,うみがめの来るという大浜海岸に到着した.海からは恐ろしいほどの大波が打ち寄せている.

いつも見慣れている,瀬戸内海のおとなしい波とはまったく違う.まるで台風の前触れのような大きな波が,黒い砂浜に打ち寄せ,泡を残して消えていく.

海岸から道を挟んだところにあるものが,目的地である「日和佐うみがめ博物館 カレッタ」であり,その隣に国民宿舎うみがめ荘があった.

「ちょうどいいからここに泊まろう」

運良くキャンセルが出たからと,一部屋空いていた.

「夜中うみがめが来たら,アナウンスしてお知らせしますよ」

宿の人はそう言ってくれたが,こんなに波が荒くてもうみがめは来るのだろうか・・・訊ねると,宿の人は「さあ・・・」と苦笑していた.これはあまり期待しないほうがよさそうだ.

うみがめ博物館に入ると,まず,古代の,亀の仲間たちの進化の説明があり,その進化の果てにあるいまのうみがめたちの模型を展示していた.入場券の裏に,うみがめの種類が書いてあったので以下に引用してみる.

和名 英名/学名 生態
アカウミガメ Loggerhead turtle / Caretta caretta 頭部は,甲幅に比べて大きく全体にがっちりした印象で成体は褐色または赤褐色.大浜海岸に上陸するのはこのアカウミガメで甲長は90cm前後のものが多い.
アオウミガメ(別名正覚坊) Green turtle / Chelonia mydas 甲のうろこはタイル状で全体が卵円形で緑黒色又は暗褐色,時にはオリーブ色のものもある.鱗片に暗い放射状や斑状の模様あり大型で120cmをこえる.屋久島以南で産卵する.
ヒメウミガメ Olive ridley turtle / Lepidochelys olivacea 甲の形状は丸味をおびている.色は灰色か褐色がかった灰色,又は黒味のオリーブグリーン.最も小型で成長しても約70〜80cm程度.甲のうろこの数が他のウミガメより多い.
オサガメ(別名カワガメ) Leatherback turtle / Dermochelys coriacea 甲は一枚の皮膚で後方は細く尖り,背中に7本の縦にキール状の隆起がある.色は黒又は褐色で皮膚に白又は桃色の点が散在することもある.普通180cm位.
タイマイ(別名ベッコウガメ) Hawksbill turtle / Eretmochelys imbricata 甲の上の鱗片がかわら状で甲は黄色のベッコウ地に茶又は茶褐色黒色の雲状の斑もんが入りまじり,甲の後縁は凹凸.成長しても100cm以下.
フラットバック(別名ヒラタウミガメ) Flatback turtle / Chelonia depressa 背甲の両側の縁甲板は上方に反っている.色は灰色を帯びたオリーブ色.成長したものは120cmに達する.オーストラリア北部周辺の限られた海域に分布する.
ケンプヒメウミガメ Kemp's ridley turtle / Lepidochelys kempi 一見して円形に近い感じを与える.色は灰白色,又はオリーブ色,老成したもので甲長70〜80cm.ウミガメの中で数が最も少ない.
クロウミガメ Black turtle / Chelonia agassizi アオウミガメの別種として新しく独立,色は黒色で甲が後部にテーパー状になり尖っている.甲長90〜100cm太平洋の東部に分布が限定されている.

というわけで,アカウミガメの学名が,「カレッタ・カレッタ」.意味不明だったこの博物館の名前の由来がやっとわかった.

さらに歩くと,一歳,二歳,三歳のそれぞれのうみがめの子供たちを飼育している水槽がある.一年違うだけで,大きさも姿もずいぶん違うものだ.一歳のうみがめは,まるで水面に木の葉が浮いているように見えるが,三歳になると小さいながらも立派なうみがめである.

また,日和佐がうみがめで知られるようになった由来のビデオも上映されていた.数十年前の,中学生のクラブ活動から始まった活動だったらしい.でも,最近は,うみがめの産卵の数自体,年々少なくなっているようだ.

博物館の外にはプールがあり,大きなうみがめが何匹か泳いでいた.ここまで大きいと,何匹というより何頭とよびたい気分だ.

この付近のうみがめはアカウミガメという種類だそうで,名前のとおり,赤っぽい.さっきビデオで見た中学生が,クラブ活動で人工保育したアカウミガメもこのプールにいる.

しかし,うみがめの大きさに対して,プールがすこし浅くて小さいように思う.

うみがめ

太平洋の荒波

博物館から出ると,心なしか,波の音が大きくなっているような気がする.

「あ,やっぱりさっきより波が高くなってる」

母の指さす先には岸壁があり,そこに波が激しく打ち付け,高く舞い上がっていた.この勢いでは,この岸壁もすぐに削られ,上の建物もなくなってしまうのではないだろうか.

大波

「これは絶対,うみがめは無理やね〜〜〜」

こんな荒波の中,卵を抱えて大浜海岸にたどり着けるのか,卵を産むために穴を掘ることなんかできるのか,卵を産んだあと,弱った体で海に戻っていけるのか.

まず無理だろう.

宿に戻り,お風呂に入ってから夕食タイム.客はみんなそろって食堂で食べるのだが,ほぼ満席である.子供連れの家族が多い.

ここには,うみがめ保護規制というものがあり,たとえば夜間は付近の道路が車両通行止めになるとか,夜間はカーテンを引けとか,深夜に入浴しては駄目だとかいう注意書きの書かれた紙片が配布される.うみがめが上陸してきたら館内放送を流すとも書いてあるが・・・

残念ながらというか,やはりというか,その晩は,特に放送が流れることもなく,波の音だけが聞こえる静かな夜を過ごした.

そして翌朝,波はさらに高くなっていた.

岸壁に打ち付ける波しぶきが朝日を反射し,虹が一瞬現れて消える.

しかし,波の美しさ,雄大さに見とれている場合ではなかった.

「うひゃ〜〜〜!」

つい,変な声を上げてしまったが,車におそろしいことが発生していた.

真っ白.いやもともと白いミニカではあるのだが,潮をすっかりかぶってしまっている.漬物じゃあるまいし,車を塩漬けにしてどーすんだ!?

多少拭いても取れるわけもなく,塩まみれで前もよく見えないので,途中のガソリンスタンドで洗車してもらうしかなかった.

最後のよりみち

徳島市内付近まで戻ってきたところで,「文化の森」に行くことにした.博物館や美術館や野外ステージ等のある徳島県の総合施設である.

「文化の森」という名にふさわしく,緑に包まれている.

ほんと,山の中に作ったって感じだな,と思っていると,母の姿がない.

うちの母ときたら,小道があったら歩きたがるし,階段があったら登りたがる.今回も,博物館と図書館の間にある階段をすでに登りはじめていた.

野外ステージの脇を通り,公園の遊歩道といった感じの道を登っていく.公園にしてはいささか坂がきついような気がしないでもないが.

登った先は広場だったが,木々のせいであまり眺めはよくない.いろんな種類の木があり,それぞれ名前のついた札がついているのだが,三歩歩くと忘れてしまう.

その先には,さらに延々と階段が続いているようだったが,さすがにそこまで行く気にはなれず,戻ることにした.

しかし本当に広い.ものを食べるところが見当たらないようだったが,作ったほうがいいんじゃないだろうか.

ともあれ,この文化の森の中にある博物館見学で,今回の小旅行は幕を閉じたわけである.

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